高松高等裁判所 昭和25年(う)794号 判決 1950年12月20日
被告人
宮崎寬
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人岡林清の控訴趣意第一点について。
(イ)昭和二十二年一月四日勅令第一号公職に関する就職禁止、退官退職等に関する勅令(以下公職追放令と称する)が調査表を徴する目的は日本の政治における軍国主義者及び極端な国家主義者の影響を除去するため、これ等の者を公職から追放するにつき、昭和二十一年一月四日附連合国最高司令官覚書「公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件」に該当する者であるか否かを、審査する資料を本人自身をして提供させるにある。公職追放令第十六条第一項第一号が調査表に重要な事項について虚僞の記載をし又は事実をかくした記載をした者を処罰するのも、覚書該当者であるか否かの審査をするに必要な資料を正確に調査表に記載せしめて覚書該当者をして追放を免れしめることのない様にする為に外ならないのである。故に調査表の各項目にあたる事項であつても、その記載事項が覚書該当者であるか否かを審査するにつき実質的牽連のない事項であるならばそれは重要な事項ではなく、その不実記載は処罰の対象とならない(昭和二十三年九月八日最高裁判所第二小法廷判決参照)。帝国在郷軍人会は周知のように軍国主義・フアシズムの団体であつたもので(昭和二十年八月三十一日解散)、一定の時期においてその郡市町村連合分会長又は市区町村分会長であつた者は、終局において各個人的審査に俟たなければならないのではあるけれども、前示覚書該当者として「その他の軍国主義者及び国家主義者」中に指定するについての、一応の審査の基準の中に加えられている(昭和二十一年二月閣令内務省令第一号(改正昭和二十二年三月閣令内務省令第四号等々)就職禁止、退官、退職等に関する件)被告人が原判示のように、昭和十二年十月頃より同十三年六月頃迄の間帝国在郷軍人会八束村分会副長に就任していた事実は、通常右分会副長は分会長の職務を代行していた等の右分会長と分会副長との関係を考慮するときは、前示のように閣令内務省令が分会長であつた者をも公職追放者として指定するについての一応の審査の基準の中に加えているのと同様の趣旨で、右審査するについての実質的牽連関係のある重要な事項と言わなければならない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二、三点について。
原判決は「しかのみならず被告人の就任した副長は単なる副長ではなくして、当時事故の為不定期間欠員同様の状態にあつた分会長の事務を代理する為にあつた」もので、「事実又分会長の事務を代理していた」故に「被告人を分会長とさえ思つていた」者もあると附加認定しているが、かゝる事実認定は本件起訴状(訴因の変更があつた)記載に係る原判示事実を認定し、これに法令を適用するために欠くべからざることではなく、かゝる事実を認定する迄もなく、原判示事実は前示控訴趣意第一点について解明した理由により公職追放令違反罪を構成するものであつて、その事実摘示として欠くるところはない。従つて右附加認定が誤認であつても判決に影響を及ぼさない。論旨は理由がない。
控訴趣意第四、五点について。
本件記録を精査するに原判示事実のように被告人が帝国在郷軍人会八束村分会副長であつたことを記入すべきであつた調査表中の該当欄、即ちその第六頁十六には「在郷軍人会等種類の如何を問わず一五に掲げる以外の政党、党派結社協会等々の会員であるか又は会員であつたことがあればその団体名、右団体において創立者組織者、指導者その他要職を占めたことの有無及びその地位及び職務内容並びに右の団体の刊行物の編集者であつたことの有無。前二項の記載にはこれらの諸団体と関係のあつた期間を明記すること」の注意書きがあり、それぞれ記入すべき空白欄が設けられてあるが故に、帝国在郷軍人会八束村分会長であつた被告人は他人に相談する迄もなく、容易にその旨を記入せねばならぬことが判つた筈であり、その就任期間が詳細には判らなければ明らかな範囲内で記入するより外に途がないことも了解し得た筈である。然るに「該当事項なし」と記入しているのであるから、たとえ役場員の意見に従つたにしても、被告人には真実を記入する意思がなかつたことは明らかである。被告人が右分会副長であつたことを記載しなかつたのはこれを不重要事項と信じたがためであつたとしても、その重要であるか否かは全く法律問題で、被告人の主観によつて左右にされるものではなく、これによつて被告人の犯意が阻却されるものでもない。事実認識の問題である狸を狢と思い込んで狩猟した場合を以つて右の場合を律し得ないことは勿論である。本件は諸般の情状を考察するも刑法第三十八条第三項但し書を適用して刑を減軽すべき場合ではない。論旨は理由がない。
控訴趣意第六点について。
(ロ)検察官が訴因を変更する以前に実施せられた証人調に基く訴訟費用であつても、被告人に刑の言渡しをする場合には、その有罪認定につき有用であつたその訴訟費用を被告人に負担せしめ得るのみならず、刑事訴訟法第百八十五条の趣旨によれば、たとえ原判決中訴訟費用の負担を命ずる部分に違法があつてもその本案の部分につき控訴を棄却すべき場合には、その訴訟費用の裁判の部分についても控訴を棄却すべきであるが本件の本案の控訴は棄却せられるべきこと後に述べる通りであるから論旨は理由がない。